あめふら日記

『ルー=ガルー』

京極夏彦『ルー=ガルー』の続編がまさか出版されたと聞き、しかも単行本も新書版も同時に出たと知り、ついでに最初から読み直そうと第1作・第2作ともまとめて購入。
ちなみにいうと、単行本上下巻も新書版も結局値段は同じだった。ありー。

京極夏彦はあえて分冊ではなく厚い版で揃えていたのだが、もう分冊が普通なんだろうか。
あの一冊抜くと書店の本棚にでかい穴が空く驚き。
仕方ないじゃん長い話なんだから分厚くたって。
読み終わったら押し花作ればいいじゃん。


『ルー=ガルー』は新書版の時に読んでいて、確か読者からアイディアを募集しながら作った話だとかで、確かに近未来のいろんな形がぽこぽこ提示されていて大変興味深かった記憶がある。
しかし何よりの魅力は、人間離れした何らかの能力(超、とか霊、とかではない能力)を持つ少女たちの冒険活劇だってことで。
あーこりゃ単純に面白い、というか、榎木津礼次郎大暴れ、というか、この人はこういうのが好きなんだなーうんうん分かるよ、と思いながら当時も大変楽しんで読んでいたし、今回も読んだ。

その新書版は知人の間を渡り歩いた揚句、すっかり角が取れてこなれた装丁になって帰ってきた。
と思う。
姿を見てない気がする。


私の家の近くには美術館があって、建物の外の緑地やら道端やらにも妙なオブジェが置いてある。
夜の散歩がてらふらふらと行ってみたら、緑地の一段高くなっているところにジャガイモを縦に置いたような岩があって、その岩のてっぺんから夜空に向かって一筋の光が伸びている。
光なんだからまっすぐ空に向かうのかと思って見上げたら、その光は途中からアーチを描くようにぐーっと曲がっていき、そのまま空間に溶けて見えなくなっていた。

ああこれは面白いと思い、写真に収めようとして、やめた。

人間が頭の中で考えたことのうち、うまくアウトプットできるのは上手くいってもせいぜい3割らしい。
残りの7割はぐにゃぐにゃとしたまま、頭の中にあるわけだ。
そしてそのアウトプットできた3割にしろ、アウトプットの方法はせいぜい言葉なり絵なりといった既定の枠内で行われるわけで、その枠からはみ出してしまうようなものや通常の組み合わせでは表現できないようなものは、たとえ本人がアウトプットできたと思ったとしても、本人が思ったようには他者に伝わらない。
斬新ととられたり、変わり者ととられたり、ユニークととられたり。
伝わったとしても、それが果たして本人の意図と同じかと言われると、それも絶対にない話で。

だから私が見た「原っぱの真ん中のでかいジャガイモから光が出て曲がって消えた」という光景も、写真に収めるべきではないような気がしたのだ。
収めてしまったらただの画像になって、そうなると夜の撮影は難しいんだとか、光をうまく撮るにはそうじゃないんだとか、なんか論点がずれてしまうし。

と考えたところで、あ、これは『ルー=ガルー』の世界だな、と思った。
自分と他者とのつながりとは何だ。
コミュニケーションとは何だ。
伝わるとは、理解するとは何だ。
そういうあたりが。

個人的には、完璧なコミュニケーションとか完璧な理解なんてできるはずがないから、それでも何とか他者とつながろう、慮ろうとするから、配慮とか心遣いとかが生まれるんだと思うんだけど。


もう一つ思ったことは、ああ、芸術も現在も近未来も電力依存だなぁということ。
これは良いとか悪いとかではなく、そういう感想。
続編はまだ読んでいない。



by amefurashimodoki | 2011-11-05 23:20
2011年、35歳で直腸がん+両肺転移が判明、ステージ4からのスタート。低位前方術、FOLFOX、FOLFIRI、UFT/LV、IRIS、Cet、肺切除、ロンサーフ、肺RFA。
by あめふら
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